逢魔の扉を前にして 〜収録談話 好調撮影中



蘇芳の家の宮司の娘が夜ごと姿を消し、ある日唐突に身ごもっていることが判明。
敷地の周縁には強固な結界が張られており、咒に心得のない誰ぞが勝手に入っては来れないし、
彼女もそれを解くほどの強い術力は持たぬ身。
相手は誰なのか、頑として口を割らず、
無理から堕胎させようとしたところ、突風が襲って娘はさらわれかかる。
これはもしやして人ならぬものからの呪いかとますます恐れた法主と違い、
幸せそうな様子から 神のお使いだとどうして思わないのかと、先代の刀自が息子以下を叱り飛ばし、
秘密裏に生まれたのが鵺である。
生まれ持っての咒力は膨大。
群がろうとした呪霊が一瞥だけで蒸散するほどの威力から、
これは尊き神の御子ぞとする派と、
恐ろしすぎるので屠った方がと言い出す“ことなかれ派”とが時折衝突。
他の有力な派閥から目障りだとする殺意も降ってきて、
そんなざわつきがさすがに多少は本人へも届いており。
子供にはいい環境とは言えないからと、
型破りではもっと上を行く槇の中将殿の屋敷に学齢となるまで預けられる。
そこには彼どころではない、いつの間にか屋敷にいたと言われる“鬼の子”の暁がおり、
数年ほど一緒に修練をすることとなる。



強い結界の張られた禁足地。
寺社かかわりの名を掲げているだけではなく、それなりの術式にも多少はなじみのあろう系統の一団が、
結束を固めたいがための集会として主だった者どもを夜陰の中に多数集めていた。
そのような怪しい集まりの最中に突然の地響きが鳴り響き、
頑健なはずの地盤が波打つほども揺れ始めて。
これは妖しの働きか、われらの祈りの通じた証かなぞと、間の抜けた言いようが立ったのへ、

 ___ 何から何まで大間違いな連中だの。

禁足地を取り巻く木々が軋んで揺れ騒ぎ、
地の底か天の彼方か、どこともつかぬところからの声が轟いて。
みょうちくりんな“儀式”とやらに集っていた男らが落ち着きなくあたりを見回しておれば、

 「うぬら、わしの屋敷で勝手に何をやらかしておるか。」

禁足の地と知っておって、何ゆえ下々のうぬらが踏み荒らしておるかと、
地から持ち上がってきた壇状の岩盤に胡坐をかいている式服姿の存在が一人。
泰然と座してのその場にいた者どもを睨めつけておいで。
何を勘違いしてか、
自分たちの血統の“末席”にある家に人外の生まれの子がいると聞きつけて、
何やら騒がしくしているらしいとは聞いていたが、
それがとうとう動きを見せたと烏らが注進してきたため、
あんまり人寄りの派には関わりたがらぬ槇の中将も、
さすがに腹に据えかねたのか、のっそりと立ち上がってきたらしい。
それらしくもゴリゴリという地響きとともに現れた彼だったのへ、
どう考えても人知のなす所業でなし、
青い双眸に赤毛という姿へまさか本当に人ならぬ存在かと慌てたか、
浮き立っていた面々が慌ててその場へ畏まってのひれ伏したが、
そんな青年が見やったは、ほんの先程まで彼らが取り囲んでいた一角で。

「あれはどういうことだの?」
「あ、やっ、あのっ。」
「うちで預かっておる童によお似ておるが。
 そういえば昼過ぎから行方が判らんようになっておってな。」
「そ…それは…。」

言葉を濁す輩の、整髪の油でてらてら光る頭をちろりと見やった
こちらは血のような朱の髪の槇の中将。
日頃からもまとっておいでか、
緋色の袴の片膝の上へもう一方の足を引っかけ、高々と組んでいる格好はいかにも尊大。
ようよう見ればかなり若々しい相貌だが、
ほんの一握りの宗家の主らには
彼こそが宗派の上層のもっと上に敬われておいでの存在だと知っている。
それこそ滅多には拝めぬ御姿、
御簾ごしの対面でも出来れば重畳と言われている高貴な御方。
うっそりと不機嫌をにじませた鋭角の面差しには
どれほどに気の利かぬものにも判ろう尖った気色も乗っていて、

「どういうことかと訊いておるのだがの。
 わしのような下賤の者には口も利きとうないものか?」

重ねて聞かれ、ひれ伏した身をますますと縮める連中は、
いったい何をどう勘違いしたものか。
まるで何かへの生贄か、それとも罪深いものへの仕置きででもあるものか、
中将が示したところに一人の青年を磔のようにして縛り上げていたのであり。
潔白の白い晒を硬く綯った注連縄で両腕と両足をまとめてきつく縛られている。
さらし者にしたいのか、人の胴より太い磔柱が土間へと打ち込まれ、
そこへと無理から括り付けられており。
縛られている手首や足首は黒々と色が変わっていて、
口には轡にやはり咒のこもった晒の縄。
そんな彼を示し、
自分たちに歯向かうとどうなるかと末席の者らを脅していたらしい某家の主席らだが、

 「…暁。」

中将のつぶやきに応じて、
そんな緊迫の場へ、ひらり、羽のように音もなく現れた少年。
夜目にも映える色白な頬に銀の髪をし、
小桂に袴といういで立ちだが、宙にその身が浮いていて、
それを見て、輩どもがざわめいた。

 「槇の家では
  魔物の傀儡を飼うているという話はまことであったか。」

てっきり縛り上げたほうの少年がそうだと思うておったのか、
今になって勘違いを悔いているよな言いようがぼそぼそと聞こえたのへ、

 「飼ってなどおらんさ。」

中将が低い声で応じてやる。
途端に恐れ入ってか身をすくませる者どもだが、
だとしても、何を勝手な所業をやらかしておるのやらと、
あきれも過ぎての食傷気味な顔になっており。
一方で、そんな大人たちのやり取りなど知らぬという態度で、

「ねぇ、何でこんなものの言いなりになっているの?」

それは軽やかに宙をかけって囚われの青年の前まで至り、
仰々しくも神聖に見えた注連縄を無造作に掴んで
ぶちぶちとあっさりと引きちぎりながら、あとから現れた少年が言い放つ。

「全然効いてないじゃない。こんなの和紙より真綿よりもろい。
 ただ術式次第を踏んでるだけで咒力は全然こもってないもの。」

口元や胴回りのそれらが触るはたからぼろぼろと崩れる様子へ、
そんな馬鹿なと真っ青になっている輩たちだが。
そんな程度の代物でこの彼を拘束出来てたと思ってた、
高をくくっていたほうが片腹痛いとあきれ返った白い少年は、

「そうか。
 効果があると勘違いをさせといて、
 俺のような本物の悪鬼の前ではどれほど無力かを思い知らせてやりたいのかな?」

こんな風にと。
延ばされた人差し指が先頭に立つ袴男の頭を差せば、
そこを起点に泥人形のようにぐずぐずと肉体がほころんでゆき、

「ひぃっ。」
「それともこうかな?」

ぱちんと指を鳴らせば、そのすぐ後ろに立っていた男がザクザクと短冊のように縦に切り刻まれて。

「ぎゃっ!」

信じられない惨劇を、いともたやすく処す少年へ、集まっていた法主らが青ざめる。
腰が抜けてへたり込む者もいて、狂ったように逃げ出そうとしたものは足がもつれて倒れ込む。
一気に地獄のような惨状へと化しかかった場だが、

「その辺にしといてやりなよ。坊も、中将も。」

別の声が割り込んで、
戒めこそほどいたが怒りのあまり、彼への無体に黙っておれなくなってか
そばから離れての怒りの吐露から報復を始めてしまった暁少年の
中途になっていた救出の後を継ぎ、
人柱の杭から引きはがされた鵺を抱き下ろしていた存在が苦笑する。
やはり古風な式服姿だったが、
撫でつけられぬ黒髪をふわりと無造作に流している長身な青年で。
整った面差しが柔らかに笑んでいるが、このような場でというのがあまりにうそ寒く。
よほどに度胸が据わっているのか、それとも底の見えない人性なのか。
それへと振り返り、

「鎮冥(しずめ)。」

相変わらずに恐れを知らない呼び捨てをする少年へ、
多少は顔を知るのだろう、なればこそ輩どものほうが震え上がっていたが、
だが、偉丈夫自身は意に介さないか、それよりもと少年へ問うたのが、

「こま切れにされた御仁らは、本当に痛い思いをしてるんだろ?」
「当たり前だ。でないと罰にならぬだろう。」

暁の代わりに応じた中将がそうと言いつつも、
宙に伸べた手で空をかき回すようにして印をザクっと切って見せれば、
豚ヘレの棒のように縦に刻まれた肉塊が、
血だまりからむくむく沸き上がった人の形が、それぞれ元の人物に戻されて。
だが、恐怖から恐慌状態になって叫びもがくのを、取り巻きらが数人がかりで抑え込む。

「この館はそも貴様らには立ち入り厳禁の禁苑なのだぞ。
 なにかしら祟る場ではなく、
 勝手なふるまいをしたてめえらの
 紙屑みてぇな権限とやらを無条件に剥がされても文句は言えぬ聖なる場所だ。
 そんなことも忘れておったのか、うつけどもが。」

好き放題しおって、一族郎党全員へ そ奴らがひたった悪夢を7年ほど送ってやろうか。
淡々としていた声音がやや憎々し気な感情をはらみ、
そうと言ってかざされた手のひらにバチバチっと火花が散ったのへ、
今度こそ全員が悲鳴を上げつつひれ伏した。



     ◇◇


そんなこんなの前に不法侵入だしねと鎮冥がおっとり笑い、
警察沙汰になっちゃあもっと問題なんじゃあないのかい?と、
遠回しに“謝罪して二度と近づかぬと誓約を交わしなさいな”と仲介に入ってやる。

『暁くんは取り替え児だね。
 天界の精霊の長の童で、そっちの世界で命を狙われていて、ここへ隠されたってところかな。』
『余計な見立てをしてんじゃねぇよ。(怒)』

遠からずのまことなのだろう、中将殿が嫌そうに眉をしかめ、
鋭角なお顔を思い切りしかめたが、
このようなやり取りも彼らには常のものなんだろう、
鎮冥も飄々としたままでいる。
そして、

「鬼といってもすべからく奇禍を伴う地獄の卒だとは限らない。
 人知を超えた存在という意味合い、鬼神の眷属であったまで。」

観ただろう?人知を超える能力をと、
何もないところから現れて、刃物もなしに人を切り刻んだことをほのめかし、

「どうせどっか他国から密入国してきたような下賤の存在とか何とか、
 一般人レベルの差別感覚とか、逆に根拠のない呪いがかかってる身だとか、
 そんな幼稚なことを御大層に恐れてたんだろうけれど。」

彼もまた和風の式服姿でありながら、
小粋な外国の紳士のようにやれやれと肩をすくめ、

「単なる宗教団体に毛が生えたよな存在の、
 君らのちっぽけな組織とはそもそも成り立ちが違うんだ。」

複雑に派閥が分かれるとこういう物知らずが派生するから困ったものだ。
私を知っておったのもどこかで利用してやろうと思ったからこそだろう?
ちゃんとしたつながりは知らないままなんじゃあないのかい?

「われらの宋家がどうして上位とされてるのかってこと、本家の宗主にしっかり学びなさい。」

ほんとにもう、最近のきな臭い騒動とか聞いてないんだろうね、君らンとこはと、
やれやれと首を振るイケメン咒術師様で。
人ならぬものの跋扈とか、
そんなファンタジーなと笑ってられる立場なのが羨ましいよと肩をすくめる。




ちなみに、祓術宗家の次代様、鎮冥(しずめ)の見立てによれば、
鵺の父親はご神木の精霊で、
大きな力を譲られてはいるがまだまだ制御がむつかしいので、
これでも幼いうちはと封をされているのだそうな。

 「……なんで言いなりになってたんだよ。」

効果はなかった封印だったがそれ以外の扱いで負ったものだろうあちこちの怪我へ、
治癒の術式をかけていた少年の手に触れ、
もう治っているよと止めた鵺へ、暁がむむうと膨れてみせる。
大人のお話、説教ともいうものが始まるとあって、
鎮冥の目くばせで
邸内の二人が居室としている部屋へ、空間跳躍で移っており。
ひょいと横抱きに抱えた兄弟子様を
寝台へそおと降ろしてくれた上で治療にあたってくれた童なのへ、
どっちが痛めつけられたやら、今にも泣きだしそうな顔をしているのへ手を伸べて、
慰めるよに頭をポンポンと優しく撫でれば、
怒ってるんだからなと、口元をひん曲げ判りやすく不貞腐れるのが兄弟子にはまた可愛い。
寝台の脇に座り込んだまま、
離れるつもりはないものか、言葉をつづける暁で、

「言うことを聞かんと実家の誰かを痛めつけるとか言われたのか?
 それだって俺や中将様の傀儡たちがしっかと見張ってるのにさ。」

我慢強いし実力もある兄弟子。
それを言いなりにしたなんてよほどの条件でねじ伏せたのだろと並べた言いように、
そんなではないのか、ゆるゆるとかぶりを振る鵺なのへ、
むうむうとますます愚図り顔になった白の少年。
そんな懸命なさまがなんて愛らしいのかと目を細め、
髪を掬っていた手を頬まで降ろすとそおと撫でてやり、

「事を荒立てたくなかっただけなのだ。
 だが、中将様やお前がこうまで怒るとは思わなんだ。」
「当たり前だ。」

それこそ失敬な思い違いだとでも言いたいか、
だが、先ほどまでのお怒りよりはずっと甘い膨れっつらを見せた少年へ、
すっかりと和んだような顔になり、くすくすと笑った鵺だったりするのだった。





     〜 Fine 〜    26.04.03.


  *まだ描くかという芸能ネタですが、それより畑違いな“原作ネタ”ですいません。
   各自の性格がかなり違うんで、もはや別人の話ですね。トホホ